東京高等裁判所 昭和28年(う)3088号 判決
被告人 森清七
〔抄 録〕
一、論旨第一点について。
被告人に対する本件起訴状をみると、その公訴事実の冒頭に「被告人は足尾組の下で……組等の勢威を利用して粗暴のふるまい多く、栃木市民就中遊技場経営者等より蛇蝎の如く嫌忌畏怖されてゐるものであるが」と記載せられていることは、まことに所論の通りである。而して起訴状に公訴事実を記載するに際し、犯罪事実とは何等直接の関係がないのに、ただ被告人の悪性と中傷強調する目的で被告人の性格、経歴及び素行等に関する事実を記載することは、刑事訴訟法第二百五十六条末項の規定の趣旨に鑑み、もとより許されないところである。けれども本件公訴事実は、被告人が一般人を恐れさせるに足るような自己の性格、経歴及び素行等に関する事実を相手方が知り、恐れをなしているのに乗じて金員を喝取したというのであるから、被告人の性格、経歴、素行等に関する事実は恐喝手段そのものの内容をなしている事柄であつて、その記載は本件公訴事実の訴因を確定するために必要欠くべからざるものであるといわなければならない。もつとも本件起訴状には、前敍のように「蛇蝎の如く嫌忌畏怖されていた」旨の記載があつて、措辞や妥当を欠くものがないでもないが右は要するところ、被告人が栃木市内の一般人殊に遊技場経営者等から、非常に嫌われ且つ恐れられていた状態を表現するための修飾語に過ぎないことは、同起訴状の全文を通読すれば容易に領解し得られるから、本件起訴状に右の記載があるからといつて、本件公訴提起の手続が違法であるということはできない。また起訴状の記載が違法であるかどうかは専ら起訴の時を標準とし、検察官が審判を求めようとする公訴事実に即して決すべきものであつて、公判審理の結果、その事実の証明の有無によつて起訴状の記載の適否が左右されるものではないから、これと反対の見地に立ち、「右のような記載の許されるのに、その事実が公判審理の結果立証された場合に限る」となす所論はその理由のないことが明らかである。論旨は理由がない。